大津町について

まちの歴史

 この地は阿蘇の外輪山から流れ出す伏流水の豊かなところです。地域の郷土史である『合志川芥』という書物には、「此の所は「火児国大水(ヒゴノクニオオズ)」にと呼ばれていた」とあります。 

 また、この一帯は古く肥後の豪族合志氏の支配下に属し、戦国の頃永正年間(1504~1520)に佐々木合志の支族十郎義廉(氏不明)が東嶽城(現日吉神社地)を築き、城主になるに当たり、「大水(おおづ)」と同じ読みの雅名を求めて「大津」と改名し、さらに自ら新しい領地名に則り「大津」を氏として、「大津十郎義廉」と名乗ったのではないかと思われます。これが大津の地名の由来と推定しています。 

 天正15(1588)年加藤清正が肥後の領主として入国、大津下井手、上井手の開さくに着手しました。その没後、井手は、細川氏により完成し、1,300町歩に及ぶ一大穀倉地帯となりました。
 江戸期に肥後と豊後を結ぶ豊後街道の要衝として細川藩主参勤交代の宿場町となり、さらに近隣52村余りを統轄する藩政の役所である大津手永会所が設けられ、政治・経済・文化の中心として栄え、今日の基礎が築かれました。

 (昭和31年近隣6カ町村が合併、現在の新大津町が誕生しました。)

大津町の歴史


位置と地勢

 大津町は熊本市の東方約19キロメートル、阿蘇山との中間に位置しており、別府・阿蘇・雲仙などの国際観光ルートの路線上にあります。

 阿蘇外輪山西部に連なる広大な森林、原野地帯とそれよりゆるやかな傾斜をなして広がる北部畑地帯、阿蘇山を源として東西に貫流する白川の豊かな流れによって南部平野は肥沃な水田地帯を形成しています。

 大津町は国道325号(久留米~阿蘇~延岡)と国道57号(長崎~雲仙~大分)が縦・横断し、熊本空港、九州縦貫自動車道熊本ICを近くに擁する交通条件に恵まれた田園産業都市です。人口は3万人を突破し、近年ますます増加を続けています。

 四季折々の自然の風景、人々の暮らしの風景、産業の進展、インフラの整備など、バランス良く調和し発展を続けています。

大津町の位置

 

 

 

出典:大津町ホームページ
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